暖かい場所で暮らしたい、そんな思いからわたしは故郷を捨てたのです。
さむくて古くていやらしい場所を捨てたのです。
暖かい場所がどこにあってどういうものかは存じませんが
自分が住んでいるところよりは絶対にましだと思ったからです。
わたしはひたすら歩きました。
背負った荷物がどんなに重くても歩き続けました。
途中で、らくだに乗った男の人に出会いました。
男の人はわたしの背中の荷物が重そうだからと言って持ってくれました。
わたしは本当はらくだの背に乗せて欲しかったのですが
そんないやらしいことは言えませんでした。わたしの姉なら言うでしょうが。
その男の人はわたしに一体どこから来たのかとか、
年はいくつだとかそんな世間話的なことを語りかけてきました。
男の人はぐびぐび水を飲んでいます。
その水はわたしの荷物の中に入っていたものだったので
やめて欲しいと言うと、急に冷たい顔になり話すのをやめてしまいました。
そしてらくだの歩調が速くなり追いつけなくなったわたしは置いてけぼりを食らいました。
当然荷物は持っていかれました。
途方にくれたわたしはしばらく呆然と空を見つめていましたが
後ろからきれいな声が聞こえてきたので振り返ると小さな女の子が立っていました。
女の子は自分は小学生くらいにしか見えないだろうけれど
本当はわたしと同じ年くらいだといいました。
小鳥がさえずるような声でその子は囁きました。
さっきのあのらくだの男は狐が人間に化けた姿なのだ、
田舎者に近寄ってはあやって荷物をかっぱらってしまうのだ、と。
わたしは田舎者ではないし、狐も信じられませんでした。
しかし、目の前の偉そうな態度の女の子に畏怖してしまい頷きました。
できるだけ話をちゃんと聞いているという風に見せかけました。
女の子は大変きれいな声をしていました。
なんだか眠気を誘う声でわたしはうつらうつらとなってしまったのです。
その瞬間、左足から全身に電気が走ったような感覚に教われました。
左足を見ると真っ赤に染まっていました。
ぱっくりと裂けた膝からは白い肉が見えていてそのさらに奥からは赤い肉も見えていました。
いや、肉ではない。血です。血がそこから噴水のようにぱっぱぱっぱと上っています。
電気が走るような痛みではなく皮膚を裂かれたことによる痛みが走りました。
どんどんどんどん痛みが増してきました。
女の子は右手に日本刀を持ってけたけたと笑っていました。
地面にはいつくばっているわたしに唾を吐くように笑っているのです。
そして日本刀をもう一振りしてわたしに膝に突き立てました。
膝を貫通し、杭の代わりのように日本は地面に突き立てられました。
けたけたと笑い声を残し女の子は姿を消しました。
そこから一歩も動くことが出来なくなったわたしはただ膝を付くのみでした。
そのあと動けなくなったわたしはやってきた動物に頭から丸かじりされたり
ひどいときには少しずつ小鳥についばまれ朽ちる右手を自分で眺めていました。
骨の見えた肩には卑しいハイエナがたかっています。
日本刀は地面に突き立ったまま夕陽を反射させています。
わたしはなんのために故郷を捨てたのでしょうか。
暖かい場所とはどこだったのでしょうか。
流れる血液も枯れ果て地獄にもたどりつけずに無くなってしまいそうです。
さむくて古くていやらしい場所も懐かしく思えます。
わたしは最後の力を振り絞って日本刀を朽ちた右手で抜きました。
しっかりと刺さったそれはなかなか動かずに挫けそうになりました。
肩の骨が抜けて地面に落ちてさらにハイエナがたかってきます。
地面に落ちた両の目でわたしは必死に日本刀を睨みました。
けれどびくともしないので結局わたしはそこで力尽きてしまったのです。
動かない右手の平にモンシロチョウが飛んできてわたしの全身に何かが根付きました。
日本刀の刺さった地面からぐんと木の根が生えてきてわたしの身体に巻きつき
どんどん成長したそれは枝分かれを起し太陽に出来るだけ近づこうと緑を茂らせたのです。
意識が遠のく瞬間にわたしはひとつ思いました。
暖かい場所なんてどこにもない。
大木になったわたしは四季を眺めながら死んでいます。
初めから何もなかったようにそこに息を沈めています。